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 日曜日。
 多治比真佑子はその日、強いて言うなら暇であった。

 いや、何も用事が入っていないというほどの暇ではない。
 自室の掃除であったり、過去の牌譜の整理であったり、それなりにこなしておきたいと考えていたものはあったのだ。


 しかし。


< I get it now! Wow! Wow!
< I get it zone! Yeah! Yeah!


「電話……大星さんから?」

 その愛すべき日常は、そう長く続いてはくれなかった。


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「はい、もしもし……」
『すっごい暇だよマユ!』
「っ……大星さんもう少し音量下げてしゃべって……」
『あ、ごめん』

 電話は別の高校に通う一歳年下の友人、大星淡からだった。
 数ヶ月前の都大会で初めて卓を囲み、それ以降も何度か学校単位で交流があるうちになにやら懐かれてしまって。
 いつの間にか、こうして個人で連絡をとりあうほどに親密な仲になったのだ。

 電話越しでも伝わってくる、彼女のハイテンションを更に突き抜けてギャラクシアンがエクスプロージョンしそうな声に、真佑子は困ったような笑顔を浮かべながら自室のベッドに腰掛けた。
 自分の勘がまず間違いなく長電話になるだろうと教えてくれたためだ。
 今まで淡と付き合ってきた経験からしても、その直感はまず間違いなく正解であろう。


「白糸台は練習なかったんだね、今日」
『本当はあったんだけどね、部室がつかえなくなっちゃったから』
「何かあったの?」
『昨日亦野先輩と久しぶりに本気でやったら照明が割れちゃってさぁ」
「誠子ちゃん……気の毒に……」

 淡から近況を報告されながら、弾む会話を楽しむ。
 たわいのない日常とまで言ってしまうのは流石に某フィッシャーに悪いのではばかられたが。
 そうして会話をつないでいく時間の一秒一秒が、真佑子にとってはとても居心地よく感じられた。


『マユはなにしてたの?』
「うちは今日は練習お休みだったから、自分の部屋にいるよ」
『ああ、あの』
「え、あのってなに!?」
『ぬいぐるみに埋もれてるあの部屋は一度見たら忘れられないインパクトあるよね……』
「ぬ、ぬいぐるみくらい別にいいじゃない! 女の子なんだから!」
『ぬいぐるみ会社の倉庫かな? って正直思った』
「……何も言い返せないです……」

 仕方がない、仕方がないのだ。
 ひとりひとりに名前をつけて可愛がると愛着がわいて部屋に帰るのが楽しくなるし、そんなぬいぐるみ達に家族を作ってやりたいと考えたら次々とぬいぐるみを買って行くほかない。
 もふもふのぬいぐるみに包まれて眠るときなんか正に夢心地だ。

 幸せがいっぱいならもっと幸せ、という格言もなんだかどこかで聞いたような気がしなくもないし、つまりはそういうことなのだ。
 したがって私は悪くない。

 そう自分の中で瞬時に言い訳を完結させた真佑子は、電話中であるにも関わらずベッドに数多居座っている巨大なぬいぐるみにぽふんと顔をうずめ、受けたストレスを癒やした。
 ぬいぐるみで受けたストレスはぬいぐるみで癒やされる。
 この上ないマッチポンプであった。


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『んー、なんだかお腹空いてきたなぁ』
「……っと、もうお昼すぎか、けっこう長電話しちゃったね」

 電話が始まってから三時間、話題が尽きぬ楽しいお喋りであったが、流石に長電話が過ぎたようだ。


「ねぇ大星さん、良かったら一緒にランチに行かない?」
『良いよ! っていうか最初から会って話してれば良かったな~』
「あ、あはは……」

 確かに、これほどの長電話をするならランチがてら直接会って話せば良かった。
 しかし、ここまで電話を切るという発想が何故かまるで思い浮かばなかった。不思議なものである。


「三鷹あたりで落ち合う?」
『そーだね、改札の前に1時半くらい?』
「いいんじゃないかな」
『朝は納豆ご飯と冷奴だったから、オシャレなランチがいいな!』
「かなりハードル低いから多分どのお店のランチでも大丈夫だねそれ」
『それじゃーまたね!』
「うん、それじゃあね」


 楽しいお喋りの時間をひとまず終了させ、スマホの電源を切る。

 大丈夫とは言ったものの、家から三鷹まで向かうには今の時間からだとそこまで余裕はない。
 とりあえず、これから少々急いでお出かけの準備をしなくてはならない。


 クローゼットの扉を開け、今日着ていく服を選ぶ。
 先日会った時には確かこのチュニックとスカートを着ていったから、今日は違うイメージの服にしてみよう。
 思い切ってジャケットでボーイッシュな感じにしてみても良いかもしれない。
 そうすると下はパンツにして……いやこれは流石に冒険のしすぎかなぁ。

 そんなことを考えながら、真佑子は意識せず、僅かな微笑みをこぼした。

「……ふふっ」


 今日という一日は、なかなか良い日になりそうである。