※八木原さんは出ません(ごめん)
「……暑い……」
「余計暑くなるから少し黙ってくれ」
越谷女子高校、麻雀部部室。
そこは地上に形作られた、地獄という言葉の顕現。
少なくとも今この瞬間、彼女たちにとって部室はそんな場所だった。
救いはないんですか? 何もないね。
「なーんで冷房壊れるかねぇー……」
「そのくだりもう20回くらいやっただろ……」
机に頭を横たえ、ジュースのストローを口でもてあそびながら、怨嗟の毒を吐かずにはいられないとばかりに愚痴る友人、浅見花子を見やりながら、新井ソフィアもまた嘆息した。
愚痴らずにはいられないというその気持ちは痛いほどに理解できているからだ。
つまり、暑い。
ああ、すこぶるに暑い。
今日は土曜日、つまり授業は休みであり、麻雀部にとっては一日みっちりと練習を行う予定の日であった。
部長である宇津木玉子が意気揚々と部室の鍵を開け、重さすら感じられそうなほどに籠もった熱気に顔をしかめながら空調のスイッチを入れたが、うんともすんとも言ってくれない。壊れやがったこのポンコツ。
この非常事態に顧問と三年生たち幹部との間で話し合いがもたれた結果、こんな過酷な条件で練習なんて出来るか! 私は家に帰らせてもらう! との判断が下され、部員達は帰される運びとなった。
部員達は今頃せっかく休日に外に出たのだからとレイクタウンあたりへ遊びに出ていることだろう。女子高生はパワフルなのである(偏見)。
しかし、この判断を下した宇津木玉子以下、幹部たちはそうもいかない。一応は責任者として部の運営を任される立場である。
部員の連絡チャットにはすでに今日の練習が休みであるとの情報は流しているが、遅れてやってくる部員達がいないとも限らない。
少なくとも集合時間である12時になるまでは、部室に居残らなければならないだろう。
つまり。
「……ねぇ、12時まであと何ふ~ん?」
「40分くらい……だな……」
暑さ我慢大会の開始である。
日頃ノリが軽すぎて、後輩である水村史織に「先輩って頭に夢が詰め込んでありそうですよね~」とか言われてる花子でも、流石にこの暑さに対しては痩せそうだから最高! とかポジティブパッションをキメることはできなかった。
ちなみに部長である宇津木玉子はアイスを買いにひとっぱしりしている。
本来なら部員への連絡のために居残るのは部長である玉子だけで良いところを、気を遣ってソフィアと花子が残ってくれたので、アイスを奢るのである! と気前の良さを見せたのだ。 流石にキングは格が違った。
「アイスはやくきて~はやくきて~」
「アイス呼ばわりは止めてやれ」
「でもまぁ、こんな炎天下なのに自ら進んでパシってくれるとかさ、王の器ってこういうことなのかなって正直思うわ」
「あー、まぁそうだな、正直私も玉子への好感度がロケットでつきぬけそうだ」
「10週後になったら忘れてそう」
とりとめのない、くだらない話をする二人。
しかしその表情はお世辞にも会話を楽しんでいるようには見えない。
二人の額には玉のような汗がにじみ、椅子に腰掛けて体勢をぐでらせながら、半目で虚空を見つめて会話を続けている。
傍から見たらどう考えてもやべー状態である。
いつもニット帽を欠かさない花子も、こんな時ばかりは流石に被っていられず、お前が悪いんじゃあ! と叫びながら、先ほど鞄の中に全力投球で叩きつけるように突っ込んでいた。
ちなみにその光景を見ていたソフィアは、この炎天下でもニット帽を持ってきてはいたのか……と花子のこだわりにうっかり妙な関心をしてしまっていた。だいぶ熱が頭にキてると言わざるを得ない。
だが、しかして。
英雄は帰還した。
「二人とも待たせた! アイスだぞ!」
「「おおおおおおおお!」」
「さぁ好きなものを選ぶがよい!」
「が、ガリ○リ君は? か、買ったの?」
「ああ、大量である」
「玉子かっこいいいいいい!」
「イヤッホオオオウウウ! 赤○乳業最高おおおおお!」
どいつもこいつもテンションが壊れていた。
だが、ただでさえ箸が転がっても姦しい年頃の女子高生(偏見)であるのに、熱暴走までしているのだから、これは仕方が無いことなのである。理性なんか1時間くらい前に行ったトイレ(暑)で流して捨てた。
「いやぁ~、アイスは冷えるねぇ~! 文化の極みがなんちゃら~!」
「ボケるならせめて全部覚えてから言えよ」
「暑い中で食べるアイスはまた格別であるな!」
「ほんとそれ」
「玉子には本当ありがとうだよ、マジで」
「我輩自身がゆであがりそうであったからな!」
「なるほどゆで玉子だけにな、ってやかましいわ」
ともあれ、これでなんとかクールダウンは成った。
ソフィアも本来の調子を取り戻し、ボケに対するツッコミがどうにか成立するようになった。大変に喜ばしいことである。
あとは、タイムリミットまで残り30分を平穏無事に乗り切れば、このソドムとゴモラから解放されるのだ。
だが、ソフィアには共に戦う2人の仲間がいる。
それを思えば暑さなど、何を恐れることがあろうか。
さぁ暑さよ、かかってこい! 実は私は水分だけじゃなく塩分補給もしておかなければ死ぬぞおおおおお!
- 30分後 -
「……帰るか……」
「……うむ」
「……結局ほかに部員誰もこなかったね」
「……みんな緊急の連絡を見逃さない部員の鑑なだけだから」
「…………そうであるな……」
戦いはいつだって虚しい。
本当の意味での勝者なんていない、そこにあるのは敗者と、そうでないものだけなんだ。
そんな世界の真理に一歩近づけた気すらする、帰途の3人であった。
「……暑い……」
「余計暑くなるから少し黙ってくれ」
越谷女子高校、麻雀部部室。
そこは地上に形作られた、地獄という言葉の顕現。
少なくとも今この瞬間、彼女たちにとって部室はそんな場所だった。
救いはないんですか? 何もないね。
「なーんで冷房壊れるかねぇー……」
「そのくだりもう20回くらいやっただろ……」
机に頭を横たえ、ジュースのストローを口でもてあそびながら、怨嗟の毒を吐かずにはいられないとばかりに愚痴る友人、浅見花子を見やりながら、新井ソフィアもまた嘆息した。
愚痴らずにはいられないというその気持ちは痛いほどに理解できているからだ。
つまり、暑い。
ああ、すこぶるに暑い。
今日は土曜日、つまり授業は休みであり、麻雀部にとっては一日みっちりと練習を行う予定の日であった。
部長である宇津木玉子が意気揚々と部室の鍵を開け、重さすら感じられそうなほどに籠もった熱気に顔をしかめながら空調のスイッチを入れたが、うんともすんとも言ってくれない。壊れやがったこのポンコツ。
この非常事態に顧問と三年生たち幹部との間で話し合いがもたれた結果、こんな過酷な条件で練習なんて出来るか! 私は家に帰らせてもらう! との判断が下され、部員達は帰される運びとなった。
部員達は今頃せっかく休日に外に出たのだからとレイクタウンあたりへ遊びに出ていることだろう。女子高生はパワフルなのである(偏見)。
しかし、この判断を下した宇津木玉子以下、幹部たちはそうもいかない。一応は責任者として部の運営を任される立場である。
部員の連絡チャットにはすでに今日の練習が休みであるとの情報は流しているが、遅れてやってくる部員達がいないとも限らない。
少なくとも集合時間である12時になるまでは、部室に居残らなければならないだろう。
つまり。
「……ねぇ、12時まであと何ふ~ん?」
「40分くらい……だな……」
暑さ我慢大会の開始である。
日頃ノリが軽すぎて、後輩である水村史織に「先輩って頭に夢が詰め込んでありそうですよね~」とか言われてる花子でも、流石にこの暑さに対しては痩せそうだから最高! とかポジティブパッションをキメることはできなかった。
ちなみに部長である宇津木玉子はアイスを買いにひとっぱしりしている。
本来なら部員への連絡のために居残るのは部長である玉子だけで良いところを、気を遣ってソフィアと花子が残ってくれたので、アイスを奢るのである! と気前の良さを見せたのだ。 流石にキングは格が違った。
「アイスはやくきて~はやくきて~」
「アイス呼ばわりは止めてやれ」
「でもまぁ、こんな炎天下なのに自ら進んでパシってくれるとかさ、王の器ってこういうことなのかなって正直思うわ」
「あー、まぁそうだな、正直私も玉子への好感度がロケットでつきぬけそうだ」
「10週後になったら忘れてそう」
とりとめのない、くだらない話をする二人。
しかしその表情はお世辞にも会話を楽しんでいるようには見えない。
二人の額には玉のような汗がにじみ、椅子に腰掛けて体勢をぐでらせながら、半目で虚空を見つめて会話を続けている。
傍から見たらどう考えてもやべー状態である。
いつもニット帽を欠かさない花子も、こんな時ばかりは流石に被っていられず、お前が悪いんじゃあ! と叫びながら、先ほど鞄の中に全力投球で叩きつけるように突っ込んでいた。
ちなみにその光景を見ていたソフィアは、この炎天下でもニット帽を持ってきてはいたのか……と花子のこだわりにうっかり妙な関心をしてしまっていた。だいぶ熱が頭にキてると言わざるを得ない。
だが、しかして。
英雄は帰還した。
「二人とも待たせた! アイスだぞ!」
「「おおおおおおおお!」」
「さぁ好きなものを選ぶがよい!」
「が、ガリ○リ君は? か、買ったの?」
「ああ、大量である」
「玉子かっこいいいいいい!」
「イヤッホオオオウウウ! 赤○乳業最高おおおおお!」
どいつもこいつもテンションが壊れていた。
だが、ただでさえ箸が転がっても姦しい年頃の女子高生(偏見)であるのに、熱暴走までしているのだから、これは仕方が無いことなのである。理性なんか1時間くらい前に行ったトイレ(暑)で流して捨てた。
「いやぁ~、アイスは冷えるねぇ~! 文化の極みがなんちゃら~!」
「ボケるならせめて全部覚えてから言えよ」
「暑い中で食べるアイスはまた格別であるな!」
「ほんとそれ」
「玉子には本当ありがとうだよ、マジで」
「我輩自身がゆであがりそうであったからな!」
「なるほどゆで玉子だけにな、ってやかましいわ」
ともあれ、これでなんとかクールダウンは成った。
ソフィアも本来の調子を取り戻し、ボケに対するツッコミがどうにか成立するようになった。大変に喜ばしいことである。
あとは、タイムリミットまで残り30分を平穏無事に乗り切れば、このソドムとゴモラから解放されるのだ。
だが、ソフィアには共に戦う2人の仲間がいる。
それを思えば暑さなど、何を恐れることがあろうか。
さぁ暑さよ、かかってこい! 実は私は水分だけじゃなく塩分補給もしておかなければ死ぬぞおおおおお!
- 30分後 -
「……帰るか……」
「……うむ」
「……結局ほかに部員誰もこなかったね」
「……みんな緊急の連絡を見逃さない部員の鑑なだけだから」
「…………そうであるな……」
戦いはいつだって虚しい。
本当の意味での勝者なんていない、そこにあるのは敗者と、そうでないものだけなんだ。
そんな世界の真理に一歩近づけた気すらする、帰途の3人であった。